2015年 2月18日:赤ちゃん縁組(新生児里親委託)について
寒中お見舞い申し上げます。
以下のとおり、今任期最後の一般質問を行いました。来期もさらに県民の皆様のために働けるよう、全力で頑張ってまいります。倍旧のご指導ご支援を賜りますよう、どうぞ宜しくお願いいたします。
春の足音は聞こえても、まだまだ寒さはつづきます。皆さまどうぞご自愛くださいますようご祈念申し上げます。
堤かなめ 拝
■2月県議会 堤かなめ一般質問
赤ちゃん縁組(新生児里親委託)について[1]
1)赤ちゃん縁組の事例
赤ちゃん縁組について質問します。先月20日に光文社から発行されたばかりの書籍『「赤ちゃん縁組み」で虐待死をなくす〜愛知方式がつないだ命~』から多くを学ばせていただきました。この本の中で紹介されていた事例です。
高校生の真美さんは、たった1回の性暴力被害で妊娠してしまい、両親にも打ち明けられずに苦しみ続け、自殺をはかるつもりで遺書まで書いていました。ひそかに祖父母の家を訪ねたり、いつになく涙を流したり、という普段とは違った真美さんの様子を不審に思った母親が、真美さんから話を聞き、自殺を阻止することができたのです。しかし、そのときすでに、真美さんは妊娠7ヶ月を過ぎていました。
その数日後のことです。母親は、愛知県の赤ちゃん縁組について報じた新聞記事を偶然目にし、載っていた児童相談所の番号に必死の思いで電話をかけました。
「生まれてくる赤ちゃんを幸せに育ててくれる方はいないでしょうか。ぜひ紹介してください。被害者である高校生の娘に、とても子どもなど育てさせられません。どうか事情を理解してください。」
一方、ある30代のご夫婦は、結婚して10年。妊娠できないと診断されたとき、目の前が真っ暗になりましたが、ある新聞記事を読み、養子を希望する方々の会に入りました。児童相談所から「数週間後に産まれる赤ちゃんの親になってくれませんか」という電話が入ったとき、夢のようで、すぐには信じられなかったそうです。
2)赤ちゃん縁組の概要
赤ちゃん縁組とは、なんらかの事情で産みの親が育てることができない赤ちゃんを、特別養子縁組[2]を前提とした里親委託によって、生後4週間未満の新生児の時から家庭の中で育てる取組みのことです。
愛知県では、所管する県内10カ所の児童相談所で、この赤ちゃん縁組を行っています。この10年[3]で96人の新生児の赤ちゃんが、里親に委託され、乳児院ではなく家庭で育っています。一方、福岡県では、里親に委託された新生児の赤ちゃんはこの10年でゼロ人、一人もいません。
愛知県で30年にわたって取り組まれてきた赤ちゃん縁組ですが、近年になって名古屋市の児童相談所も導入し、そして今では「愛知方式」として全国的に注目され、愛知県外にも広がりつつあります。
その大まかな流れです。愛知県では、妊娠をして自分は育てられない女性がいるという連絡が、医療機関や学校などから児童相談所に入るようになっており、妊娠中から相談を受けます。次に、妊娠中の女性に対しては安心して出産を迎えることができるように、赤ちゃんを迎える育ての親に対しては自然に親子関係を紡ぐ準備ができるように支援します。生後5、6日で赤ちゃんは退院するとそのまま、里親の家庭で、安定した関係の中で育つことができます。その後、児童相談所が経過を見守り、6カ月経って、里親は家庭裁判所に特別養子縁組の申し立てをすることになります。
このように、赤ちゃん縁組は、生まれてすぐに里親に委託するものですが、本県を含むほとんどの都道府県で、里親委託は、生後2、3年を経てからしか行っていません。その理由は、後になって産みの親が現れるかもしれない、生みの親がやはり自分で育てたいという気持ちになるかもしれない、子どもを託した親がきちんと育てられるか安心できない、子どもに障がいや病気があるとわかると里親が「育てられない」と返しにくるケースがあるから、などです。
そこで、愛知県では、こういった事態にならないよう、事前に様々な確認を行ってはじめて赤ちゃん縁組が成立するようになっています。事前の確認には、障がいや病気の可能性があること、赤ちゃんの性別は選べないこと、縁組が成立するまでは生みの親の気持ちが変われば赤ちゃんを返すこと、子どもには将来、適切な時期に真実を告知することなどがあります。育ての親には、どんな環境で芽生えた命でも、自分の子どもとして愛情豊かに育てていく決意が必要だとされています。縁組が成立した後のアフターケアも行われていますが、育ての親との絆は、赤ちゃんの橋渡しが早ければ早いほど結ばれやすくなるのです。
3)赤ちゃん縁組の特徴
赤ちゃん縁組の特徴として、大きく3つのメリットがあると考えます。
1つめに、職員の方々が働き甲斐を感じることができることです。
愛知県の児童相談所の元所長は、「虐待で家族から保護する、引き離す仕事ばかりだと疲れ果てますが、赤ちゃん縁組では、新しい家族を作ることに立ち会うことができる。そこに児童相談所の職員として寄与できることが喜びです。赤ちゃんを里親にお願いする時、病院から送り出すときは、みんな涙しています。感動しながら仕事をしているのです。」と語っておられます。
2つめに、赤ちゃんの命と、予期せぬ妊娠をして苦しむ女性の人生とを同時に救うことができるという点です。
日本では、虐待で死亡する18歳未満の子どもの半数近くが0歳児の赤ちゃんであり、その中でも0ヶ月、0日の赤ちゃんの死亡数が最も多いことがわかっています。女性がひとりきりで自宅やコンビニのトイレなどで子どもを産み、そのまま捨ててしまったり殺害してしまうという事件が、残念ながら少なくありません。
冒頭にご紹介しました事例のように、不幸にも性暴力の被害にあい妊娠してしまった中高生の女子、結婚の約束をした相手が急に去ってしまった成人女性・・・。だれにも相談できずひとりで悩んでいるうちに、妊娠22週を過ぎてしまったとしたら、出産する以外に選択肢はありません。産まれた後、殺害に至らなくても、赤ちゃんに愛情がわかずに心身へ暴力をふるったり、孤立した環境で不適切な育児をするなど虐待につながる危険は大きいのです。ですから、赤ちゃん縁組という選択肢があるということは、赤ちゃんにとって、その尊い命が救われるということになります[4]。そして、産みの親である女性にとっては、犯罪者、虐待の加害者にならずにすむことにつながります。さらに、育ての親が子どもを喜んで迎えてくれることを知ることで、自責の念や罪悪感から救われるのです。
3つめのメリットは、赤ちゃんが生後まもなくから、安定した関係の中で安心して育つことができ、心身の成長にとって大変重要な愛着形成が可能となることです。
ニューヨーク大学元助教授のヘネシー・澄子氏は、次のように述べています。「赤ちゃんにとって大切なのは、人生最初の人間関係が、一貫していて愛情のこもった関係であるということです。ここに、乳児院に赤ちゃんを委託するのをやめたほうが良いと考える理由があります。もちろん、乳児院でも愛情の絆を作るために、職員の方は努力なさっています。でも、やはり施設ですので、1人で複数の赤ちゃんをみなくてはなりませんし、シフトの交代などがあって、一貫した1対1の人間関係はできにくいのです。」
また、ごく最近のことですが、脳の研究が更に進み、「生後3ヶ月までが大切」だということがわかってきました。3ヶ月までにできる愛着の絆は、その後のものより非常に深いものであるため、欧米先進諸国では、養子縁組はできるだけ出生から3ヶ月までということが今では常識になっていると言います。もちろん、赤ちゃんが愛情の絆を結ぶ対象は、産みの母親だけでなく、父親でも、祖父母でもよく、血縁関係の有無も問いませんが、安定した一貫性のある関係が重要だとされています。
赤ちゃんは胎児期には、温かく常に快適な温度のお腹の中で、へその緒からたっぷりと栄養をとり、「私は守られている。安心。」という気持ちで過ごしています。ところが、産まれたとたん、手を伸ばしても触るところがなく、寒かったり暑かったり、喉が渇いたりお腹がすいたり・・・まったく違う環境におかれ、「オギャー」と泣くのです。
このように不安な気持ちで一杯の赤ちゃんが、抱っこしてくれたり、授乳してくれたり、目を見て笑って声をかけてくれたり、おむつを替えてくれたり、温かいお風呂に入れてくれたりする大人と強い「愛着の絆」を結ぼうとするのは当然といえば当然のことです。生後3ヶ月がどれだけ大事かがよくわかります。
一方で、この「愛着の絆」が結ばれないと、愛着障害を引き起こし、さまざまな症状をもたらします。衝動を抑えられず、危険な行動や自虐的な行動をとる、自分より弱い者への攻撃性が強くなり、自分に自信がなく、自分も相手も否定し、人を信用できず、対人関係がうまく築けないなどの傾向があります。
このような愛着障害に至らないためにも、子どもの権利の保障という視点からも、子どものための福祉行政機関である児童相談所の初期処遇の中に、赤ちゃん縁組をきちんと位置づける必要があると考えます。
そこで、小川知事に3点お聞きします。
1点目に、福岡県の子どもの虐待死の現状についてです。この5年間[5]の福岡県における心中を含む子どもの虐待による死亡件数は20件。そのうちうちゼロ歳児の乳児は5件となっていますが、知事としてこの現状をどのようにお考えなのでしょうか、ご見解をお聞きします。
2点目に、予期しない妊娠、望まない妊娠をした女性が、児童相談所に連絡をして事情を話しても、「出産してから相談に来てください」という対応をするところがあると聞いています。福岡県の児童相談所では、どのような対応をしているのかお聞かせください。
3点目に、愛知県が行ってきた赤ちゃん縁組をどのように評価されるのでしょうか。厚生労働省においても、なるべく家庭的な養護の形を増やしていくという方針をとっており、愛知方式を全国に広めようとしていると聞いています[6]。愛知方式は、現行法、現行制度の中で、十分に実践できる方法であり、段取りや手続きもある程度マニュアル化され、取組みやすくなってきています。「赤ちゃん縁組み」を福岡県でも早期に導入すべきと考えますが、知事のお考えをお聞きします。
以上、県民幸福度日本一を掲げる小川知事の心温まるご答弁を期待し、降壇させていただきます。
問 子どもの虐待死、特に乳児の虐待死について
○虐待は、子どもの人権を著しく侵害し、心身の成長と人格の形成に重大な影響を与えるもので、乳児が虐待によって命を落とすことはあってはならない。
問 望まない妊娠をした女性からの相談への対応について
○児童相談所では、虐待などの相談はもとより、望まない妊娠をした女性の相談についても、一人ひとりの状況に応じた支援を行っている。
○具体的には、本人と家族の状況を踏まえた上で、まずは、実親による養育ができないか、助言や支援を行う。
○実親による養育が困難な場合には、社会的に子どもを育てる方法を説明し、望まない妊娠をした女性が安心して出産できる支援を行う。
問 いわゆる「愛知方式」への評価と、福岡県における導入への提案について
○「愛知方式」は、①実親が安心して出産を迎えることができる、②里親側も自然に親子関係を紡ぐことができる、③赤ちゃんと里親との愛着関係が円滑にすすむ、という利点がある。
○一方、実親の気持ちの変化や里親の養育意欲の低下が起こる可能性もあり、医療機関との緊密な連携も含め、きめ細かな対応が必要不可欠。
○望まない妊娠をした女性への支援の選択肢の一つとなるよう、まずは、新生児委託に特化した里親研修の実施などの条件整備に取り組んでいく。
【要望】
全国で、心中を含む虐待による子どもの死亡事例は、年間90件を超え、4日に1人の子どもが命を落としています。その一方で、不妊治療を行っている方々が推定40万人を超えています。不妊で悩んでおられる方々にとって赤ちゃん縁組が選択肢の一つとなるのではと考えます。
また、もとよりお金の問題ではありませんが、子ども虐待によって生じる社会的な経費や損失が、2012年度で日本国内では少なくとも年間1兆6千億円にのぼるという試算を、日本子ども家庭総合研究所がまとめました。子ども虐待の社会的コストは欧米では公表されてきましたが、日本では初めてです。社会的コストは、直接的費用としては、虐待に対応する児童相談所や市町村の費用、保護された子どもが暮らす児童養護施設など。間接費用としては、自殺による損失、精神疾患にかかる医療費、学力低下による賃金への影響、生活保護受給費、反社会的な行為による社会の負担などとなっています。
様々な研究により、愛着障害が、心理面や行動面の問題を引き起こし、それが失業や生活困難、離婚、DVや虐待の連鎖を生んでしまうということが明らかとなってきています。だとすれば、虐待やネグレクトによる愛着障害は、多くの社会問題の出発点であり、全国で赤ちゃん縁組が活発になれば、愛着障害に苦しむ子どもが減少し、長期的には、増え続ける虐待やDVの相談件数に歯止めをかけることができるのではないか、そして社会的コストも徐々に減少していくのではないかと考えます。実際に、1960年代から虐待に積極的に介入してきたアメリカでは、児童虐待の件数は1992(平成4)年をピークに減少傾向にあるとされています[7]。
子どもにとっても、生みの親にとっても、育ての親にとっても、不妊で悩んでおられる方々にとっても、社会全体にとっても、幸福を生み出すしくみである赤ちゃん縁組を、ぜひとも早期に導入されますことを重ねてお願いして、質問を終わります。
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[1] 今回の質問は、「すべての赤ちゃんに愛情と家庭を〜虐待しから赤ちゃんを救い子どものパーマネンシーを育む特別養子縁組とは〜」報告書(2013年8月30日 公益社団法人 日本財団)、「特別養子縁組を考える国際シンポジウム~赤ちゃんがあたたかい家庭で育つ社会を目指して~」報告書(2013年12月15日 公益社団法人 日本財団)、満田 篤二, 萬屋 育子『「赤ちゃん縁組み」で虐待死をなくす〜愛知方式がつないだ命』(光文社新書、2015年)に多くを負っております。記して感謝いたします。
[2]養子縁組には、普通養子縁組と特別養子縁組とがあります。普通養子縁組が一義的には家の存続のためであるのに対し、特別養子縁組は「子どもの利益と福祉のため」にあり、養子の年齢は原則6歳未満までで親子は原則離縁できません。戸籍上も「養子・養女」ではなく「長男・長女」と記載されます。また、普通養子の場合は、戸籍上、実の親と育ての親の二組の親を持つことになりますが、特別養子の場合は実の親との縁が切れます。
[3] 平成16年度から25年度までの10年間
[4] 2014年4月22日東京新聞
[5] 平成21年度から25年度までの5年間
[6] 厚生労働省『社会的養護の課題と将来像』
[7] ニューハンプシャー大学社会学部教授デービッド・フィンケルホー氏の研究による。デイビッド・フィンケルホー編著(森田ゆり他訳)『子ども被害者学のすすめ』岩波書店、2010年